プラどんさんが月利30⇨月利200万超えを達成するまでのストーリー

はじめましてプラどんです。

ほんの数年前まで、僕はどこにでもいる普通の公務員(消防士)でした。

月収30万円、年収は500万円ちょっと。貯金はゼロで、マイホームローン(借金5,000万円!)を背負い、毎晩家計と時間に追われて専業主婦の妻とヒーヒー言っていました。

もちろん家計は赤字ギリギリ。毎日の買い物はスマホ電卓で細かく計算。特売日にはチラシ片手に妻と“今日だけは卵2パック!”と小さくガッツポーズ。

幼い子供もいるため少しでも安い食材を買うために車で30分以上かかるスーパーで特価品を買う毎日でした。

結婚記念日や誕生日も貧乏なため外食をすることはなく、プレゼントもろくに買ってあげることはできず、せめてもの気持ちで「ちょっと今日は贅沢」といつもよりワンサイズ大きいショートケーキをみんなで分け合う…

子供が「習い事を始めたい!」と言ってきても「うーん、今はちょっと…」と話をそらしてやり過ごすことしかできない日々。

毎年大晦日には「来年はもう少し余裕ができればいいな」と心の中でいつも反省―― でも、その来年はなかなかやってこないまま、ただただ平凡な生活が続いていました。

そんな僕でもAmazon物販を始めて3ヶ月後に月収が73万円。5ヶ月目には151万円、7ヶ月目では202万円。
人生がある日突然ひっくり返るなんて思いもしませんでした。

お金や時間、心の余裕が生まれると、
自分の時間単価と労力を天秤にかけ、心置きなくウーバーイーツを頼んだり、コンビニで値段を見ることなく買い物ができるように。

結婚記念日や誕生日にプレゼントを用意するのは当たり前、なんでもない日にも「今日はプレゼント何がいい?」と素直に聞けるお金と心の余裕が生まれ、妻や子供から「パパありがとう!!!」と言ってもらえるようになりました。

心に余裕ができてからは、自分のことも大事にできるようになり、1セット3万5千円の眉アートに半年に1回通ったり、1本数万円する美容液を使用するように。
家族や友人から「なんか印象変わったね」と言われ、コンプレックスだった自分のことも少しずつ好きになることができました。

平凡な毎日をただただ繰り返していた会社員時代は、朝6時半に車で家を出発し、運転しながらコンビニの菓子パンと缶コーヒーで1日を始める。そんな生活でした。

健康のことなんて一切考えず、夜勤明けは帰宅すると夕方まで死んだように昼寝をし、夜に目覚めると揚げ物とビールを食欲が満たされるまで食べ続ける。

唯一の幸せを感じる瞬間はジャンクフードを食べている時だけ。

結果「体脂肪率25%」で健康診断では「高血圧」と診断され、再検査通知がポストに届くほどの不健康体でした。

しかし、マインドを変え、自己規律を重んじるようになり、食事は1日3食の栄養バランスを意識。週6日はジムで汗を流し、プロテインを片手に筋トレに打ち込むように。
今では「体脂肪率16%」「血圧120台」に回復し、周りから「身体も表情も本当に変わったね。かっこよくなったね。」と言われるようになりました。

また、月収30万円だった公務員時代には「節約しなければ!」という強迫観念が常につきまとっていましたが、今ではその発想が180度変わりました。

経験や知識にどんどん投資し、それが新たな収入を生む――そんな最強のサイクルを実現できています。

公務員を退職し店舗せどりをしていた頃は、土日も祝日も関係なく毎日12時間労働。朝から仕入れに出かけ、帰宅する頃には子どもはすでに寝ており、リビングの電気だけがぽつんと点いている。

そんな日々の中で「こんなはずじゃなかったのに…」と後悔を漏らすこともありました。

それが今では1日の労働時間は以前の3分の1であるたった4時間に。子どもが幼稚園から「ただいま!」と帰宅する時間には家にいて「おかえり」と笑顔で迎えられる毎日を過ごしています。

公務員時代の友人たちとは、いつも居酒屋で上司や同僚への不満ばかりを語り合っていました。「給料は上がらない」「評価されない」とネガティブな言葉で埋め尽くされた夜は数え切れないほどありました。
でも今の自分は、同じ話を聞いても「そういう環境を選んでいるのは結局自分だよな」と冷静に思えるようになり、ネガティブな言葉ばかり発する友人を「可哀想な奴だな」と感じることさえあります。

今の僕の周りには、ネガティブな発言をする人はおらず、ビジネスで出会えた仲間と平日に沖縄旅行へ行き、青い海を眺めながら仕事の話で笑い合う、そんな環境に身を置くことで心の余裕と圧倒的な刺激を得られるようになったり、月に2回家族と沖縄旅行を楽しみながら、心から「自由」を感じる生活を手にしています。

公務員時代はポンコツであったため、上司から「何回言ったらお前は理解できるんや!」と怒鳴られてばかり、仕事を辞める時も「お前に稼げるなら誰でも稼げるわ!」とバカにされ、「絶対に成功してコイツを見返してやる。」と心に決めていました。

成功した今では、その上司から「どうすれば稼げるようになるか教えてほしい。」とお願いされるようになったため、立場は逆転し、僕が元上司に教える立場となっています。

妻や両親に公務員を辞めることを伝えた時は、「そんなもったいないことやめときなさい。」と言われ、「自分がやろうとしていることは間違っているのかな。」と考えたこともありましたが、
成功した今では、妻から毎日「ありがとう」と言われ、両親からは「よく頑張ったな」と褒めてもらえ、「やっぱり自分を信じて良かった」と感じています。

公務員時代はいかにして残業をして給料を増やすかばかりを考えて仕事をしていましたが、そもそもこの時間を切り売りしてお金を稼ぐという考え方が間違いでした。
大事なのは、お金は価値に対して支払われるということ。

ホリエモンがコンビニのバイトをしていても給料は高くなかったはず。
ホリエモンにしかできないことをホリエモンが提供するから価値が生まれ、あれだけの対価が支払われます。

僕自身もこの意識を持つことで収入が大幅に増え、時間を切り売りすることしかできなかった状態から抜け出し、上司や同僚の顔色を伺いながら仕事をする必要がなくなりました。
今では自由な時間に起床し、自由な場所で好きな人とストレスフリーで仕事ができる環境を手に入れました。

一般的にお金を稼ぐということは、大変であると多くの方が思っていますが、
大変なのは再現性のないビジネスであり、Amazon物販は何の取り柄もなかった僕が、ショウタさんのコンサルに入り素直にコンテンツ内容を実践しただけで、月利202万円を達成できるほど、再現性があるビジネスです。

今では自由な環境を手に入れた僕ですが、初めから自由であった訳ではなく、ショウタさんと出会うまでは、この文章を見てくれている皆さんと同じように悩み、「今の環境を変えたい」と必死にもがき苦しんでいました。

幼少期の父は母に手をあげるのは日常茶飯で、食事中に喧嘩が始まると毎回決まって3歳年上の姉が僕の手を引き2階の子供部屋に連れて行きました。
リビングからは「ガシャーンっ!!」と皿が割れる音と父の怒鳴り声、母の泣き声が響いているのを、姉と身を寄せ合いながら耳を塞ぎ、共に震えながら泣いて耐えていたことを今でも鮮明に覚えています。

僕が小学生になり、地元の少年野球チームに所属していた頃は、試合で三振するたびに父に顔を平手打ちされる日々。練習でミスをしても、家へ帰ると体罰が待っている恐怖で、大好きだった野球を嫌いになることもありました。
そのため、父の事が憎すぎて、毎日お風呂場で号泣しながら、「早くクソ親父が死んでくれたら僕たち家族は幸せになれるのに」と本気で思っていました。

野球の技術についても、平均以下であった僕はレギュラーになることはできず、毎試合大きな声で応援することでベンチを温め、仲間達が頑張っている姿を見ていることしかできませんでした。

中学校では、少年野球チームの仲間と同じクラブチームに入団。毎日の厳しい練習にも耐え、なんとか中学3年の夏の大会で念願のレギュラーを掴みとりましたが、最後の試合で、自分のエラーが決勝点となり敗北することとなってしまいました。
今思えばこの時から「なんで自分はこんなにダメな人間なんだ」と自分を責める人生が始まっていたのかもしれません。

学校生活では、追い討ちをかけるように、自分の顔がトイストーリーのバズライトイヤーに似ているため「バズ」というあだ名で呼ばれ、また、耳の形が生まれつき特異なことから、仲間はずれにされるなどのイジメを受けることもありました。

思春期に入り、肌荒れが目立ち、ニキビだらけになった顔を見るたび「なんでこんな顔に僕を産んだんだ」と父や母を恨むことも。
当然、自分に自信のない僕は、周囲の女性と話すことはできず、イケメンくん達が女性と楽しそうに校庭を走り回っている姿を指を加えて眺めることしかできませんでした。

そんな時に、ふと携帯電話を開くと、知らないメールアドレスから一通のメールが届いていたため、開いてみました。
そこには当時好意を寄せていた同級生の名前が。
「シンゴくん、突然のメールごめんなさい。◯◯です。ずっと前から好きでした。付き合ってください。」
舞い上がった僕は、すぐに返信。
「僕も好きでした。よろしくお願いします。」
人生初めての彼女ができ、そこからは夢のような時間が続きました。毎朝の「おはよう」と「おやすみ」、「初デートはどこに行こう」と話し合う日々。
しかし、夢のような時間は1週間後に崩れ落ちてしまいます。
いつもと同じように「おはよう」とメールを送り、ご機嫌で中学校へ登校すると、校門に中学のやんちゃグループが数人立って僕のことをニヤニヤ笑いながら見ていました。スタスタと通り過ぎようとするとグループのリーダー的存在が、
「ドッキリでしたー!!騙されてやんのー!!ダッセー!!」と叫んだのです。
当時、ロンドンハーツというテレビ番組で「ブラックメール」という企画(ハニートラップ)が流行っていたため、その企画を真似して、僕のことを騙していたという
ことでした。
このことがきっかけで、女性恐怖症となり、女性と話すということに億劫となってしまいました。

その後の高校大学社会人では、父が誘導したレールの上を通ることに。
高校は地元の公立高校へ行き、大学には学びたいこともないのに、「大学は卒業しろ」と父に言われたため進学、就職は「公務員になりなさい」という父の言葉のため消防士になり、平凡な人生を歩んでいました。

やりたい訳でもない消防を続けていても、年齢を重ねると役職は上がり責任だけが大きくなっていき、組織に対しての不満も大きくなっていきました。

給料は手取りで30万程度、24時間勤務で真夜中3時の仮眠中でも、救急車は呼ばれ、結局一睡もできないまま24時間勤務を終えることもザラにありました。

自宅へ帰ったら寝るだけで、家族との時間はとれない。
休暇日に大きな地震などがあれば呼び出され、1週間家に帰れないこともある。

近隣での地震で自宅が被災していても、家族を置いて現場へ行かなければならない。もちろん地震だけではなく、大きな災害が起きれば全国どこへでも派遣する必要があり、その度家族には心配をかけることとなります。

実際、令和2年西日本大豪雨の際には、岡山県の真備町へ派遣され、約1週間自宅へ帰れないこともありました。被災地では、大豪雨によって河川が氾濫し、街全体が水没してしまい、普通の道路もボートがないと通れないような状態でした。酷い場所では住宅が流され跡形もなくなるということもありました。

被災地へ派遣された僕達の泊まる場所は、現場から少し離れた公共の体育館でした。もちろん、プライベートな空間はなく、食事もカップラーメンとおにぎりのみ。
お風呂はあるはずもなく、冷水しか出ない体育館のシャワーを全国から集まった数百人の消防士が順番に使っていました。
夜は日中の活動で疲れ切った数百人のいびきが体育館中に響き渡って僕は一睡もできなかったことを思い出します。

このような過酷な環境の中で、こんなに命や家族との時間も削って仕事をしていても、給料は一定ずつしか上がらず、毎日目標もなく、ただただ毎日が過ぎ去っていました。

そんな現状を変えるため、店舗せどりを始め、YouTubeの情報のみで消防時代の給料を超えたことで、独立し「夢の自由な生活が始まった!!」と思っていた矢先、
待っていたのは「1日12時間労働、土日休みはなし」という消防時代よりも過酷な環境でした。

家族との時間を増やすために独立をしたにも関わらず、子供が寝ている間に出発し、子供が寝た後に帰宅するため、1週間以上会話をしないこともあり、「こんなはずじゃない。自由な生活を手にするはずだったのに。」と毎日子供の寝顔を見ながら涙を流していました。

昭和生まれの両親に育てられた僕は幼い頃から「公務員になることが正解」という認識を植え付けられ、「安定」こそが正義であり、他人と違うことはしない、協調性を持ち空気を読める人間になるように洗脳されていました。

他人の目ばかりを伺い、自分のやりたいことには目を瞑り、皆んながやっているからという理由だけで物事を判断していくことで、言われたことしかできず、新しく何かを作り出すといったことはまったくできない人間でした。

運動も勉強もできず、友達も少ない、常に集団の上位でも下位でもない平均的で平凡な人間となっていました。

他人の目を気にしすぎるがために、集団において場の空気を読むことが得意となり、
バカであるため、失敗していても失敗と気づかずにやり続けることで成功を手にすることもできるようになりました。

やれと言われた事しかできないという短所も、逆に尊敬する人やその周りの人達に「これをやれば良い」と言われたことに関しては素直に受け入れることができ、最後までとことんやり遂げることができます。

また、失敗することに対しての恐怖感が他人よりも少ないため、新しいことでもとりあえずやってみることができ、「失敗したらどうしよう」と考えずに「失敗は失敗した時に対応すれば良い」と何事にも挑戦することができます。

2. 冒険への誘い(日常から抜け出す機会はどんなものがあったのか)

僕の師匠は紛れもなくショウタさんです。
初めてショウタさんを知った(詳しくはショウタさんのコンサルを知った)のは、とあるコミュニティのオフ会で出会った「りべろうさん」との会話の中でした。

りべろうさんはショウタさんのコンサルに入って学んだことで月利が200〜300万になった成功者であると聞き、「僕も入って学んでみたい」と思ったのですが、当時の僕は店舗せどりで毎日を忙しく過ごしており、新しいことに挑戦することに対して「恐怖感」を抱いていたことから、それ以上コンサルについて深掘りをすることはありませんでした。

その後数ヶ月が経ち、店舗せどりに疲弊した日々を過ごしている中で、いつものようにXをスクロールしていると、「ショウタ」という名前のアカウントの投稿が目に留まりました。これこそが今の僕の大師匠であるショウタさんとの出会いでした。

ショウタさんのXを見ていると、数ヶ月前に出会ったりべろうさんが入っているコンサルを運営しているのがショウタさんであることが分かり、「ショウタさんのコンサルを受けて学びたい!!」と感じるようになりました。

ショウタさんのコンサルに申し込み、無事審査を通りましたが、費用が当時の僕にとって高額すぎたので一度は入会することを諦めてしまいました。

過去に入会したコンサルは費用が50万円でしたが一切稼ぐ事はできなかった経験があったため、「もし今回も稼げなかったら終わりだ…」と考えてしまいました。

そもそも、コンサルというもの自体に対して不信感が多く、情弱を騙すための手段であると過去の自分は考えていました。

ショウタさんは他のコンサル運営者とは違い、稼ぎ方よりも稼ぐための思考やマインドを教えてくれる唯一無二の存在で、何よりも共感できるのが、過去のマイナスな面も曝け出し、平凡な人間であったところから人並外れた熱量で現在の地位を築いてきたところです。

また、まだ何も成し遂げていない平凡な僕に、「成功した後に別事業を一緒にやりましょう」と声をかけていただきました。

これこそがショウタさんが成功者である所以であり、人の人生や環境を変えることができる存在だと思います。この言葉があったから僕は、ショウタさんを信頼し、ショウタさんの言うことを素直にやり続けることができたんだと思っています。

僕がショウタさんコンサルに応募したのは35歳の時で当時僕には4歳の娘がいて、これから習い事や食費などに多額の資金が必要になってくるタイミング。
それに加え、僕の住んでいる地方では「高級住宅街」と呼ばれる地域に、ちょっと見栄を張って5000万円以上の借金をしてようやく建てた夢のマイホームを購入したばかりでした。
ローン返済が始まり、貯金はほぼゼロ。むしろリスク許容度マイナスの状態。
正直、「この状況でコンサル入るって正気か?」と自分でもツッコミたくなるほどでした(笑)。
それでも、「現状を本気で変えたい」という想いが勝ち、震える指で振込ボタンを押したのを今でも覚えています。

「このまま諦めたら何も変わらない。」
「おれはもう後には引けないんだ。」

そう自分に言い聞かせながら、決断しました。
今では、リスクを取って踏み出したあの瞬間の自分を、毎日のように褒めてあげています。

ショウタさんのコンサルに入った後は、ショウタさんを始め、講師の市川さんにメンターをしていただき、マンツーマンでAmazon物販を進めていきました。

既に成功している最強のメンターのサポートがあることで、些細な疑問や大きな問題もスムーズに解決して頂き、右肩上がりに利益を増やすことができました。

家族はどんな状況でも僕が決めたことに応援をしてくれます。ショウタさんのコンサルの参加費が必要だと相談をした時も、「あなたが決めたことなら私は応援するよ」と快く受け入れてくれました。

物販仲間は新しくAmazon刈り取りを始めると言った時には、「大丈夫。お前ならできる。」と応援してくれました。

元同僚には、新しいことを始める時に「お前にできるわけないやん。お前が成功できるなら他のやつもやってるやん。」と嘲笑われましたが、「絶対にこいつに自分が間違っていたと認めさせてやる。」とその時に決心しました。

今まで続けてきた店舗せどりを減らし、何もわからないAmazon刈り取りの比率を増やしていく必要があった時には、「収益が下がり生活できなくなるのでは」と不安な気持ちが脳裏をよぎっていました。

しかし、新しいことに挑戦し続けることが理想の人生を手に入れる唯一の手段であるとショウタさんに教えてもらったため、不安を抱えながらも新しいことにコツコツと挑戦し続けました。

成果を出すまでに1番苦労したことは、今までの環境や手法を捨てるということでした。

ショウタさんのコンサルを受けるまでは、店舗せどりを行っており、毎日店舗に足を運び利益商品を見つけることができていたため、この「店舗へ行くことをやめる」という自分が積み上げてきた手法や環境を捨てることは、利益商品を見つけることができなくなる=収益がなくなってしまうことに繋がるため、店舗せどりは資産性がないということを理解しながらも、なかなか捨て切ることができませんでした。

また、Amazon刈り取りをはじめたばかりの頃は、トラッキング数を増やすというAmazon刈り取りの基本となる土台作りが思うように積み上げることができず、「本当にこのままで良いのだろうか」と不安に感じる日が続いていました。

ショウタさんのコンサルに入会した直後は、「利益をあげること」にばかりフォーカスしてしまい、ビジネスの本質である、マインドセットの重要性に当時はなかなか気付くことができていませんでした。

今までの環境や手法を捨てるために、まずは考え方を変える努力をしました。

「捨てる」とは全てをまとめて捨ててしまうのではなく、スモールステップで少しずつ店舗へ利益商品を探しに行くという習慣を変えていくことで、徐々に自分の脳に「店舗せどりは不要である」という思い込みをさせていくことで、最終的に店舗せどりをゼロにすることができました。

新しい手法に対する不安に関しては、まずショウタさんを信頼することが大事であると考え、ショウタさんについて深掘りをすることを始めました。
SNSやショウタさんの漫画等を読み漁ることで、更にショウタさんへの信頼が深まり、気付けばAmazon刈り取りへの不安は消え、「この人について行けば間違いない!!」と強く思うことができました。

その後、トラッキング数もあっという間に増やすことができ、トラッキングの質も市川さんの丁寧なフィードバックのおかげでみるみる良くなっていきました。

ショウタさんのコンテンツには、何よりも1番最初に「マインドセット」が書かれています。このコンテンツの意図を理解することで、マインドセットが最も重要なことなんだと知ることができました。

消防時代の月収は30万円で、自由な生活には程遠く、
店舗せどり時代の月収は、1日12時間労働土日休みなしで消防時代と同じ30万円、
ショウタさんコンサル入会後は、3ヶ月後に月収73万円、4ヶ月後に月収151万円、5ヶ月後に月収163万円、6ヶ月後に月収202万、を達成しました。

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思えば、昔は本当に辛いことばかりの人生でした。

・幼少期から父親の暴力に怯えて暮らしていたり
・中学生のとき女性不信になるようなイジメを受けたり
・他人の目を気にして生きることしかできなかったり
・娘の習い事がしたいという希望に応えることができなかったり

それでも副業に挑戦して脱サラし自分の力で稼ぐと決めてからの人生は間違いなく幸せだと胸を張って言えます。

「あの時の辛い過去があったからこそ、今の自由を本気で大事にできている」と心から思えるし、あの頃の自分が踏ん張ってくれたおかげで、今の自分がここに立てていると感じています。

だから、もし今あなたが辛い状況の中にいたとしても、絶対に諦めないでほしいです。

こんな過去だらけの僕でも変われたのだから、あなたにできない理由はどこにもありません。

新しいことに挑戦して自分の力で稼げるようになれば、会社や環境に振り回される毎日から解放され、本当にやりたいことに時間とお金を使えるようになります。

「失敗したらどうしよう」と考えるのではなく「失敗したらその時に考えればいい」と一歩を踏み出す勇気さえあれば、人生はいくらでもやり直せます。
子どもの頃に何度も転びながら前に進んできたあなたなら、大人になった今だって同じように前に進めるはずです。

自分を信じて、一歩踏み出す決断をしてみてください。こんな自分にできたのだから、必ずあなたにもできます。

ショウタさんと出会う前は朝8時に家を出発し、一日中店舗を回って夜8時に家に帰ってくる生活。1日でも休んでしまうと生きていくのもやっと。

毎日12時間(月360時間以上)も働いて月利30万ということは、時給にすると「833円」くらい。

そんな辛いときにショウタさんと出会い、学ばせていただいた結果、
今では1日4時間だけ仕事をし、それ以外は家族との時間を持てるようになりました。

833円だった時給も今では16,750円で約20倍にUP
活動時間は月120時間まで減り3分の1に

店舗せどりをしていた頃は子供の世話はまったくできず、土日も妻に任せきりだった生活も、ありがたいことに今では収入と時間に余裕ができたので子育てにも積極的にお金と時間を使えるように。

また、ショウタさんやショウタさんのコンサル生と、平日に沖縄旅行へ行き、3000万以上するポルシェに乗って優雅にドライブやアクティビティを楽しめるようになりました。

「人生は一度きり」という言葉を蔑ろにしないでほしい。あなたの周りでこんな言葉を言う人間はいつも笑い者にされていますよね。そんな事自分では思っていても周りには言えませんよね。
その気持ちすごくわかります。
僕の育った環境も同じだからわかります。

馬鹿にされるくらいなら、言わずに周りと同じ感情や環境で生きようと思いますよね。
だから今あなたは必死にもがいているんですよね。
でも今のままじゃ、何かを変えることはできないことはあなたが1番分かっていますよね。

大事なことは「一歩踏み出す勇気」です。

「失敗したらどうしよう」と考えるのではなく、
「失敗したら失敗した時に考えよう」が大切です。

子供の頃に何度も失敗して前に進んできたあなたなら
大人になった今、失敗しても前に進むことは必ずできます。

自分を信じて、一歩を踏み出す勇気を持って下さい。
こんな僕にできたのだから、必ずあなたにもできます。

僕がまだ何者でもなかった2025年の1月にショウタさんに出会ってから、新たな事に挑戦を始め、平凡な人間から成功したと言われるように成長することができました。

今の現状は会社員やその他大勢の平凡な人からすると憧れられる状態ではありますが、
僕のゴールはこんな低いところではありません。
これからも更に挑戦と失敗を繰り返して、誰もが羨むような地位や富を手にし、自由な人生を手にします。